医療情報男の日記

病院で医療情報システムの保守運用の仕事をしています。

システム導入時こそ、病院とベンダの協力体制が不可欠 ~ある裁判記事を見て~

 日経コンピュータの記事で、個人的にとても印象に残る記事がありました。

 

itpro.nikkeibp.co.jp

 病院側と電子カルテベンダ側が、電子カルテシステムリリース失敗の責任の所在について、裁判で争ったと、のことです。

 一審の判決では、ベンダ側の責任が8割との結果でしたが、これを不服としたベンダは上告。今回の札幌高等裁判所の判決では、病院側の責任が10割という、一審の判決を大きく覆すものでした。

 

終わらない追加要望

 

 大きな論点のひとつに、「プロジェクト進捗管理がありました。

 今回の件では、追加要望の凍結をしたにもかかわらず、病院側はシステム追加項目を100件以上も要求していました。これにより、ベンダ側の開発スケジュールは大きく狂わされていたようです。 追加要求によって、当然、納期は遅れてしまいます。しかし、病院側はこれを「ベンダ側のプロジェクト進捗管理の不手際」と主張。結局、電子カルテシステムのリリースが困難となり、契約解除となりました。

 電子カルテは基本的にパッケージ仕様を大幅に変更せずに納品されることが多いと思いますが、病院独自の運用に合わせたカスタマイズ案件も、少なからず存在します。今回の場合は、後者の案件が通例以上に多かったのだと思われます。

 システム導入後のメンテナンス性や、費用面から考えても、病院側がパッケージ仕様に合わせた運用に切り替えたほうが良かったのでしょうが、事情があったのでしょう。

 それにしても、ここまで追加要求をねじ込むのは、やはり少々強引だったと思います。

 

断れない状況

 

 記事によると、病院側の担当者は、「追加の要望を反映しないシステムは検収で合格させない」とベンダ側に伝えたそうです。これにより、ベンダは追加要望を断れない状況になっていたようです。ベンダ側も相当追い詰められていたはずです。エンジニアを増員するなどして対応したものの、納期は守れませんでした。最後のほうの現場はおそらく、デスマーチ」(死の行進)の状況だったのではないでしょうか・・・。

 

マスタ作成に非協力的

 

 マスタデータ作成は、電子カルテシステム導入時には、ものすごく労力が必要です。単純にボリュームが大きいのもありますが、電子カルテシステム、医事会計システム、部門システムなど、システムごとにマスタは存在し、それぞれのシステム間でマスタが連携しているかも確認しなければなりません。他にもありますが、とにかく、マスタデータ作成というのは手間のかかる作業なのです。

 

 記事では、「マスターデータ作成の協力姿勢が不十分だった」と書かれています。属性にもよりますが、電子カルテシステムのマスタ整備は、ユーザ側が行うことが多いはずです。なぜなら、リリース後のマスタメンテナンスは、ユーザ側の仕事だからです。日々更新されるマスタを、いちいちベンダ側に作業依頼していては、保守費用がいくらあっても足りません。電子カルテシステム導入時にマスタ担当者を決め、その人にマスタの作り方を覚えてもらったほうが、その後のメンテナンスも任せやすいし、新規マスタの追加作業もしやすくなるでしょう。

 

 今回のように、マスタデータ作成に非協力的では、病院内のマスタ担当者も経験値が上がらないでしょうし、ただでさえ忙しいベンダ側のエンジニアも疲弊してしまうのではないでしょうか。

 

 最後に

 

 僕はまだ電子カルテシステム導入や、ベンダ入れ替えに立ち会った経験がないので、あくまで推測の域を出ないのですが、医療業界でここまでデスマーチ的な」案件は滅多にないと思います。

 

 電子カルテ業界では、ベンダ側が提示したパッケージ仕様に運用を合わせる病院のほうが多いように感じます。標準パッケージになるべく近くしたほうが、2年ごとの診療報酬改定に伴うシステム改修のときにスムーズにいきますし、標準パッケージを採用した他院のノウハウをそのまま活かせることもできます。

 

 確かに、今回の病院も、より良い医療サービスを実現するため、使いやすい電子カルテシステムを望んていたはずです。ですが、その目的を果たすために、ベンダに無理な要求を突きつけるのは、やはり間違いだと思います。電子カルテベンダもビジネスでやっている以上、仕様書や契約書の内容を守ってもらわないと困るでしょうし、なにより立場的に病院側より弱いのですから。

 

 電子カルテシステム導入という大イベントのときにこそ、病院とベンダは互いに歩み寄り、助け合って進めていかないと駄目ですね。(実際に立ち会ったことないから、理想論で言い放題・・・)

 ひとまず、最高裁の判決を待ちましょう。